大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 昭和31年(レ)28号 判決 1961年8月15日

控訴人 高桑由太郎

被控訴人 矢崎秀彦

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金四万八千二百八十九円五十銭及びこれに対する昭和三十六年五月二十四日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共、これを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決は被控訴人において、金一万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は「原判決を左のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し、金十万円及びこれに対する昭和三十六年五月二十四日から支払ずみまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審共、控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人は請求原因として、

被控訴人は昭和二八年五月二〇日から下宿料は一月金六〇〇〇円、毎月末日支払うという約束で控訴人方に下宿し、同日頃控訴人に対し右下宿料の担保として豊年製油株式会社株券(一株の金額五〇円)一〇〇株券一枚(以下本件株券といゝ、これによつて表象される権利を本件株式という。)を交付し、下宿料の支払を遅滞したときは控訴人においてこれを処分しその代金を下宿料の支払に当てることができる旨特約した。控訴人は同年六月二〇日下宿料の遅滞がないのにかゝわらずほしいまゝに本件株券を金一万二七〇〇円で処分しその頃第三者に株主名簿の名義書換がなされた。被控訴人は控訴人の右不法行為により本件株式を喪失し、その当審口頭弁論終結時である昭和三六年五月二三日の時価である金四万一八〇〇円(一株金四一八円)相当の損害を蒙つたほか、次のような得べかりし利益を喪失した。(1) 豊年製油株式会社はその後昭和二九年一〇月一日、昭和三二年一月一日、昭和三五年一月一日の三回に新株を発行し、それぞれ別表第一「年月日」欄記載の年月日現在の株主名簿登載の株主に対し同表「割当比率」欄記載の割合で新株式を割当てたが、被控訴人は控訴人の右不法行為により割当を受けるべき同表「割当株数」欄記載の株式合計三九九株を取得できず、このため右株式の時価金一六万六七八二円から新株取得のため払込むべき同表「払込金額」欄記載の金額合計金九九六五円を控除した金一五万六八一七円の利益を喪失した。(2) 右会社は昭和二八年から昭和三五年まで毎年上期、下期の二回(但し昭和三五年は上期のみ)別表第二「配当率」欄記載の割合で利益配当をなしたのであるが、被控訴人は控訴人の右不法行為により本件株式一〇〇株のほか前記新株発行によつて取得すべかりし三九九株につき同表「税率」欄記載の率により源泉徴収される所得税を差引き同表「配当金額」欄記載の配当金合計金一万二三五円の支払を受けることができず、右同額の利益を喪失した。尤も右のうち新株発行によつて取得すべかりし株式及びこれに対する配当金の喪失は特別の事情によつて生じた損害であるが、不法行為に基く損害は特別事情に基くものであつても予見の有無を論ぜず、すべて賠償を請求し得るものである。仮に、特別事情による損害につき、予見を要するとしても、控訴人は本件各新株発行を少くとも約一月前にそれぞれ予見し得る状態にあつた。(加害者が不法行為後損害発生の前にその損害発生を防止し得るだけの時間をおいてこれを知り又は知り得たときは、特別事情による損害につき賠償義務を負うと解すべきである。)すなわち、昭和二十九年九月一日の新株発行は、同年七月中、前記会社から、その旨の発表があり、新聞雑誌に報道され、控訴人は同年四、五月中、及びそれ以後、右株式の入手のため、継続手配していたものであり、同年七月十七日には、実際にこれを入手したのであるから、前記会社の新株発行のことは同年七月中、必ず予見していたに違なく、仮に予見しなかつたとしても、予見し得る事情にあつたこと明かであるし、昭和三十二年一月一日の新株発行は、昭和三十一年十月二十四日、前記会社から発表されて、被控訴人は同年十一月十三日附準備書面にこれを記載して、御庁に提出し、右書面はおそくとも、同日、控訴人に到達したから、控訴人は同日頃以降右新株発行について充分予見していたのである。よつて控訴人に対し右各損害のうち金一〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和三六年五月二四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、

と述べ、

控訴人の抗弁事実中、被控訴人の家族、親族等が控訴人から食事の提供を受けたこと被控訴人が控訴人から昼食の提供を受けたこと下着、ワイシヤツ等の洗濯をして貰つたこと控訴人主張の日に、それぞれ、洋傘の柄一本及び干物竿一本を折つたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実は否認する、と述べた。

控訴人は請求原因に対する答弁として、

被控訴人が昭和二八年五月二〇日から被控訴人主張の約束で控訴人方に下宿したこと、控訴人が同日頃被控訴人から右下宿料の担保として本件株券の交付を受け被控訴人主張のような特約をしたこと、同年六月二〇日本件株券を金一万二七〇〇円で処分しその頃第三者に株主名簿の名義書換がなされたこと、本件株式の昭和三六年五月二三日における時価が金四万一八〇〇円(一株金四一八円)であること、豊年製油株式会社が被控訴人主張の条件で新株を発行し、利益配当をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被控訴人は控訴人方に下宿する際、現金の所持がなくて、控訴人に対し、敷金を交付することができなかつたので、敷金の代用として、前記株券を印章と共に交付したものであつて、その時、被控訴人と控訴人との間において、控訴人が下宿料を遅滞した場合のほか、控訴人が現金を必要とするときはいつでもこれを処分してもよいという特約が成立したので、控訴人は右特約にもとずき本件株券を処分したものである、と述べ、抗弁として、仮に右のような特約がなかつたとしても被控訴人は控訴人に対し次のような合計金八六一〇円の債務を負担しているから、控訴人が本件株券を処分したことは正当である。すなわち、(1) 控訴人は昭和二十八年七月末ごろより、同年十二月始ごろまでの間に、控訴人方に臨時に宿泊した被控訴人の家族、親族等に対し合計五四回の食事を提供したが、控訴人が当初の約束に反しその主食を提供しなかつたので、控訴人はやむを得ず配給外の米を金一六二〇円(一升二〇〇円、一食一合五勺の割合)で買入れたほか加工、光熱費、水道料等金百八十円(一食三円三十銭の割合)として、五十四食分、合計金千八百円の費用を支出した。(2) 控訴人は昭和二八年七月末頃から被控訴人の依頼により同人に対し昼食を百二回提供し、金三千六十円(一回金三十円の割合)の費用を支出した。(3) 控訴人は昭和二八年五月二二日頃から被控訴人の依頼により実費は被控訴人において負担する約束で同人の下着、ワイシヤツ等約五百四十点の洗濯をし、最小限三千六百円(一点六円六十七銭)の割合の実費を支出した。(4) 被控訴人は昭和二十八年八月ごろ、洋傘の柄一本を、同年九月ごろ、干物竿一本を、それぞれ折つたが、同人はこれらを弁償しないので、控訴人は洋傘の柄一本を九十円で、干物竿一本を百二十円で、いずれも買入れ、合計金二一〇円の費用を支出した。以上の通り、被控訴人は控訴人に対し、右各費用合計金八千六百十円を償還すべき債務を負担しているのである、と述べた。

証拠として、被控訴代理人は甲第一ないし第三号証(第四、第五号証は欠番)、同第六ないし第八号証同第九号証の一、二、同第十、第十一号証、同第十二号証の一、二、同第十三、第十四号証、同第十五号証の一、二、同第十六ないし第十八号証、同第十九号証の一、二、同第二十号証を提出し、原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第一ないし第三号証の成立を認める、と述べ控訴人は乙第一ないし第三号証を提出し、甲号各証の成立を認める、と述べた。

理由

被控訴人が昭和二八年五月二〇日から下宿料は一月金六〇〇〇円、毎月末日支払うという約束で控訴人方に下宿し、同日頃控訴人に対し右下宿料の担保として下宿料の支払を遅滞したときは控訴人において処分できる特約の下に本件株券を交付したことは当事者間に争がなく、右事実によれば被控訴人は控訴人に対し本件株式を譲渡担保に供したものと認めるのが相当である。控訴人は、被控訴人が下宿料の支払を遅滞した場合のほかに控訴人において現金を必要とするときはいつでもこれを処分できる旨の特約があつた旨主張するが、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、右のような特約のなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。尤も被控訴人が本件株券と共に印鑑を控訴人に交付したことは被控訴人の明かに争わないところであるが、前記証拠によれば被控訴人は毎月末日に支払うべき下宿料を遅滞した場合控訴人が本件株券を処分する便宜のため予じめ控訴人に印鑑を交付したものと認めるのが相当である。そうとすれば控訴人は下宿料の遅滞があるときに限り本件株券を処分し得る権限を有するものといわねばならない。

控訴人が同年六月二〇日本件株券を処分しその頃第三者に株主名簿の名義書換がなされたことは当事者間に争がない。そこで控訴人が当時本件株券を処分する権限を有していたか否かについて判断するに、当時下宿料の遅滞がなかつたことは控訴人の明かに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。控訴人は、被控訴人は控訴人に対し金八六一〇円の費用償還債務を負担しているから控訴人の本件株券の処分は正当である旨抗弁するが、仮に控訴人主張のような債務の遅滞があれば下宿料の遅滞に準じ控訴人において本件株券を処分し得ると解しても、本件株券処分当時既にその遅滞があることを要することは明かであるところ、控訴人主張の(1) 、(2) 、(4) の各費用償還債務が前記昭和二八年六月二〇日当時未だ発生していなかつたことは控訴人の主張自体から明かであり、(3) の洗濯費用は特段の事情の認められない本件においては当然下宿料のうちに含まれるべきものと認めるのが相当であるから、控訴人の右抗弁は採用の限りではない。そうとすれば控訴人は何等の権限がないのにかゝわらず本件株券を処分したものであつて、特段の主張、立証のない本件においては、控訴人は当時処分権限のないことを知り、又は知り得べきであつたものと認めるのが相当であるから、控訴人はこれによつて被控訴人の蒙つた損害を賠償する義務のあることは明かである。

よつて進んで損害の有無及び数額について判断するに、特段の主張、立証のない本件においては、控訴人の前記処分により被控訴人は本件株式を喪失したものと認めるべきところ、本件株式の価格が当審口頭弁論終結時である昭和三六年五月二三日において金四万一八〇〇円(一株金四一八円)であり、豊年製油株式会社がその後被控訴人主張の条件で新株を発行し、利益配当をなしたことは当事者間に争がない。而して不法行為による損害が物又は権利の喪失であるときは原則として不法行為当時のその交換価格が通常生ずべき損害の額であるが、本件株式のように上場株の場合は株主は何時でもその時の取引所における相場で容易にこれを処分し得る(このことは公知の事実である。)のであるから、被害者たる被控訴人は不法行為後当審口頭弁論終結時に至るまでの間の任意の時期における価格(取引所の相場)を通常生ずべき損害の額として賠償を請求し得るものと解すべく、従つて本件においては被控訴人主張の前記金四万一八〇〇円が本件株式の喪失によつて通常生ずべき損害の額であると認めることができる。次に利益配当、新株発行によつて得べかりし利益の喪失が通常生ずべき損害であるか否かについて検討するに、利益配当は当該株式会社が通常の資産又は経営状態にある場合において頻繁に行われるのが通常であるから、利益配当によつて得べかりし利益の喪失は通常生ずべき損害というべきであるが、新株発行は当該株式会社の資産又は経営状態から、資本増加を有利とし或は必要としたときになされるものであつて通常頻繁に行われるのではない(以上はいずれも公知の事実である。)から、新株発行によつて得べかりし利益の喪失は特別の事情によつて生ずる損害であるといわねばならないところ、本件において控訴人が不法行為当時前記株式会社が新株を発行すべきことを予見し又は予見し得べき状態にあつたことを認めるに足りる証拠はない。被控訴人が主張するような事情は仮にその存在が認められたとしても控訴人が不法行為後本件各新株発行前にこれを予見し又は予見し得べき状態にあつたことを推認し得るに過ぎない。尤も被控訴人は、不法行為に基く損害は特別事情に基くものであつても予見の有無を論ぜず、賠償を請求し得る、と主張するが民法第四百十六条の規定は、共同生活関係において、人の行為とその結果との間に存する相当因果関係の範囲を明らかにしたものにすぎないから、独り債務不履行の場合にのみ、限定せられるものでなく、不法行為に基く損害賠償範囲を定めるについても、同条項を類推し、その因果関係を、定めるべきものである(大判大正十五年五月二十二日民集五巻三八六頁)から被控訴人の右主張は採用しない。

以上のとおりであるから、被控訴人は控訴人に対し、本件株式を喪失したことによつて蒙つた損害金四万一八〇〇円及び本件株式に対する利益配当金(別表第二「一〇〇株に対する配当金額」欄記載の各金額の合計)喪失による損害金金六四八九円五〇銭合計金四万八二八九円五〇銭及びこれに対する不法行為後である昭和三十六年五月二十四日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務のあることは明かであるから、被控訴人の請求は右限度において、これを正当として認容し、その余は失当として棄却し、右と一部結論を異にする原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十六条、第九十二条、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 滝川叡一 内園盛久)

別表第一 <省略>

別表第二 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例